自殺のとめかた

ごきげんよう。僕はいま自殺している。

13階建ての大学の研究棟の10階から飛び降りたところまでは成功だった。

13階から飛び降りなかったのに理由はない。だがそれは結果として正しい判断であった。想像より滞空時間が長く、なかなか死ねずにいる。10階でこれなのだ、13階から飛び降りたなら、計算からしてもう2倍はかかっていただろう。飛び降りははじめてだが、案外暇なのだな。衝突まであとどのくらいあるだろう。

みなさん、あらためて、ごきげんよう。空からの、ごきげんよう

 


自殺の理由は特にない。生きることをある程度知ったので、そろそろ死を知りたかったんだ、とすれば少しはポエティックだろうか。なにかががすぐそばを掠める。ぼんやりとカラスだろうな、と思う。お互いに猛スピードだから、もしかするとスズメやツバメなんかの小さい鳥がカラスに見えたのかもしれないな。彼らも走馬灯を見ながら飛んでいるのだろうか。僕はもう見飽きてしまったよ。4周目に入った時点でバックグラウンド再生に切り替えた。

自殺がこんなにも暇なものだとは思わなかった。ただせっかくこうして自殺中に文字が打てるのだから、構わない。時間さえ潰せればいい。スマートフォンは飛び降りの味方だな。空中で体勢を変える。空気抵抗にも慣れて自由に動くことができるようになってきた。あとどのくらいで着くだろう。落ちているのか、昇っているのかも、わからない浮遊感。

 


毎日世界が分裂する夢を見た。起きると2つになっている夢。僕はそれぞれの世界にひとりずつ、つまり2人いて、ほとんど同じ生活をする。寝て起きると、また分裂する。4人になる。全員ほぼ変わらぬ生活をする。寝て起きた。分裂した。8人になる。寝て起きた。16人に。

さてここで16人のうち1人が自殺をする。15人は気づかない。いつもここで目がさめる。

 


自分は自殺する1人だろうか。それともしない15人だろうか。ずっと不安に思っていた。かといって誰かに訊くこともできまい。「僕は自殺しますか?」なかなかいいジョークではある。誰も笑ってくれないだろうが、いつか披露してやろう。もちろん披露するのは15人のうちの誰かだが。

 


不安を解消するために死ぬのだ。自分が突然不慮のうちに死ぬ悲劇を回避するために死ぬのだ。人生は順風満帆で、つまり絶望的に退屈だった。だがそれに嫌気がさしたとか、そんなもっと退屈な理由で理解してほしくはない。これは、積極的な自殺なのだ。攻めの、自殺。

 


まもなく到着だ。15人に会ったら伝えてほしい。君たちなら大丈夫だと。僕はパラレルワールドで君の死を見たよと。君たちはいま生きていくのをやめようかと思っているかもしれないが、それは16人目の君が責任を持ったよと。

そんな励ましかたなら、馬鹿馬鹿しくて死ねないだろうに。衝突。