なにが自然でなにが自然じゃないか。
真夜中に大学に行くと、端の広場にツバメの巣が落ちていた。
隣で友人が吠えている。誰かがフンの掃除の煩わしさから、はたき落としたものだろう、身勝手だ、許せない、と。
誰もいない時間を狙ってやるのは、何か後ろめたい気持ちがあるからなのだろう。容赦なく昼間に壊さない、その矮小さについて彼は延々と唸っている。
親ツバメは、巣のあたりをウロウロしていた。壊されて間もないのだろう。この親は未だに自分の家が、息子が、消えたことに気づいていないのかもしれない。ツバメは賢いと聞くが、僕らほど賢くはないのだろうな。かわいそうに。
この破壊行為は咎められるべきなのだろうか。そんな問いがふと浮かぶ。人間が人間らしく生きるために、日々、自然は破壊される。自然ってなんだろう。同時に翌朝のごはんを考える。
毎日コンクリートの洪水が、あらゆる建築技法とともに、地表面を飲み込んでいく。
(…ハンバーグにしよう…)
このツバメは、ここにコンクリートがなければ、巣は作らなかっただろうし、
(…昨日のあまりがまだ家に残っているぞ…)
彼らにとっては無機質なハコも、自然の一部だったに違いない。
(…それとも彼女の家に一度帰ってご馳走になろうか…)
毎日、車は排気ガスを出す。
(…付き合いは短いが彼女は優しい…)
海は埋め立てられ、山は切り崩され、
(…急に押しかけても、受け入れてくれるだろうか…)
日常的に自然は破壊されていく。
(…突然押しかけるのも失礼に…)
しかし、それが人間の『自然』な生き方な気もするじゃないか。
(…思われるかもしれないが今日僕は…)
ツバメの巣を破壊することは、自然ではなかったのだろうか。
(…彼女に会いたい…)
どこからどこまでが自然で、どこからどこまでが人工なのか。人間はなにをしたら自然じゃなくなるのか。産まれた瞬間は自然か。自然と人間を分けるのは単なる人間の、いや自然のエゴか。人間は自然に自然を壊しているのではないか。破壊行為そのものが自然なのではないか。
いま住んでいるコンクリート群が人工的なのはそうだが、すぐ側の森はどうだろう。人間に管理された森だ。純度100度の自然とは言えまい。蔵王はどうか。100度ではなかろう。地球に人間の影響を受けていない場所は、動物は、はたして残っているのだろうか。
友人はまだ怒っていた。
(…どんな反応をするだろう…)
『鳥なんかと仲良しごっこかい?珍しいやつだな』
(…無意識に返事をシミュレーション…)
というジョークを思いついた。
思考を、統合。
「自分勝手すぎるよ」
もちろん、この友人だって、今日も命を繋ぐ。
(…そうか自分勝手か…)
昨日も、一昨日もだ。
(…昨日も一昨日もだ…)
なにかを殺し、
(…ご飯を食べて…)
なにかを奪い、
(…セックスをして…)
素知らぬ顔をして、
(…それ以外にはなにもしない…)
生きる。
統合。
「そんなに強く言うほどかなぁ」
生理的に受け付けないと思っていた相手が、
(…となるとやはりハンバーグか…)
多少予想と異なる行動をとっただけで、
(…足りるだろうか…)
好意的に見えることがある。
(…これから食材を調達するのも…)
この正反対の事例も、多い。
(…億劫だなぁ…)
その瞬間は、個人のイメージは、
(…昨日のうちに調達しておけばよかったんだ…)
ポジフィルムがネガフィルムに反転するように基準が入れ替わる。
そのとき友人はあからさまに驚いていた。
風がやんだ。
「ははん、おまえの仕業か。なるほどな」
友人は落ち着いた声で言った。
僕は強気に答える。
「だったら、どうする」
友人は悲しい目をしていた。
「開き直るか、まぁいい。意外だなと思って」
「そんなことをするようには見えないってかい?」
「親鳥を殺さなかったのが、だよ」
「雛鳥で満足したんだよ」
ジョークとして受け取ったのか、友人はその爪で、毛むくじゃらで真っ暗な胸を掻きむしりながら、ぐふぐふと低く笑う。
思い出したように微風が吹く。やっぱりハンバーグにしよう。朝日が広がり、暗闇は沈殿しながらどこかへ追い出される。熊と別れ、僕は高く飛び立ち、まっすぐ巣に戻る。鋭く光る黒いクチバシで雛鳥のミンチを喰らう。悲しみはニンゲンの肌みたいにすべすべしていて、気持ちがよかった。
そんな夢を見た。